院長コラム|横浜市青葉区の脳神経外科「横浜青葉脳神経外科クリニック」|page4

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68. 深遠な美人画を描く女流画家

澄み切った空に、秋風が漂い、木の葉も色づき始めた頃東京国立近代美術館では、美人画の巨匠「上村松園展」が開催されました。

記念切手の絵柄や教科書にも掲載されている「序の舞 」や光源氏の恋人六条御息所から題材を得た「焔(ほのお)」など約100点が、展示されていました。

上村松園は、明治8年~昭和24年までの74年間に、明治・大正・昭和を通じて美人画を描き通し、女性として日本人で初めて、文化勲章を受賞した女流画家です。

女性である松園が、どんな想いで美人画を描き通したのでしょうか?
女性であるが故に、どんな感性で美人画を透徹できたのでしょうか?

上村松園展を観賞し、そして、出品作品一覧の画集を後日、ゆっくり観直しながら、その深遠さの背景を考えてみました。

松園は、自身の画流としてマニフェストと思える言葉を残しています。

 私は、大抵女性の絵ばかりを描いている。
 しかし、女性は、美しければそれで良いとの気持ちで描いた事は、一度もない。
 一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香り高い珠玉のような絵こそ
 私が、念願するところである。
 私は、真・善・美の極地に達した本格的な美人画を描きたい。(「青眉抄」より)

真善美の極地に達した美人画とは、いったいどのようなものなのか?
松園は、どのようにして、自らの芸術を創り上げ高めていったのか?

東京国立近代美術館で開催された上村松園展では、そのパンフレットに珠玉の決定版として二枚の絵が、大きく取り上げられています。
その一枚は、昭和11年作の「序の舞」、もう一枚は、大正7年作の「焔」です。

「序の舞」は、記念切手や絵葉書の題材になり教科書に掲載された有名な作品ですので、ご存知の方も多いことでしょう。
でも「焔」という作品を、即座に頭の中に思い浮かべられる人は、少ないと思います。
どのような絵か、想像できない方は、まず Google で検索してみて下さい。

「序の舞」という作品は、なんと言っても描線の妙美が、最高だと思います。
細かく折り畳んだ細長い着物の絶妙なヒダと、福よかな帯の稜線あるいはボリューム感ある日本髪を極めてシンプルに描かれた線画によって表現しています。

そして、この作品で描かれた色彩は、朱、緑青、群青、などの天然の岩絵の具です。
着物の生地は、落ち着いた朱色、その柄と帯は、翡翠のような緑青色と群青色。
絶妙なコントラストと淡い灰色で描かれた描線。

この作品を観ていると、高貴な生活を切り取った一断面の中にとても奥深い、そして清楚で、香り立つ内面性を感じさせてくれます。
安らかと穏やかさの中に、真に善い美しさが、漂ってきます。

これぞ、まさしく松園が、想い描く一点の卑しさも低俗さもない、清くて澄んだ、香り高い、艶やかな絵。
松園の代表作として知られているこの作品は、松園が、語るところの

 その絵を観ていると邪念の起こらない、またよこしまな心を持っている人でも
 その絵に感化されて邪念が、清められる・・・
 といった絵こそが、私の願ふところのものである。 (「青眉抄」より)

松園の作品は、どの作品にも当てはまる言葉で、一貫して真・善・美が貫かれていますがその思想の具現が、まさしくこの作品に凝縮されているのでしょう。
松園が、61歳の作品で、後に国の重要文化財として指定されました。

ここで深遠さの背景として、注目すべきことは・・・
松園が、早くに父を亡くし、女手一つで葉茶屋を営む母の傍で育ったことそして、27歳の時にシングルマザーになったことだと思います。

生涯を通して、素晴らしい作品を創出した画家としての業績は、申し分ない。
その生育過程において、京都という因習の強い土地柄にあって茶屋業を営む母に育てられながら、どういう理由があったにしてもシングルマザーの道を歩んだ。

他人から見れば苦難な人生を選び、そして恐らく世間からは、非難を浴びながらも松園の芯の強さが、中傷を跳ね飛ばす作品の凄さを生み出す力となったのでしょう。

しかしながら、注目される作品を次々と発表する過程で画家としてスランプに陥った松園は43歳(大正7年)の時、「焔」という作品を製作しました。

この作品では、今まで描いてきた楚々とした作風とはまったく異なりプレイボーイの光源氏の正妻、葵上に、源氏の愛人、六条御息所の生き霊が取り憑き苦しむ姿を、王朝物語の気品を失わないように画いています。

焔とは、恋慕、怨恨、憤怒、嫉妬の情で、心のいらだちを火の燃え立つ炎に例えた言葉。

 (あ~、恐ろしい、女の情念は、怖いよ~
  焔を燃やされないように、アタシも気~付けよ~っと・・・)
 ( )は、一般男性の心の内を、著者が、つぶやきとして代弁したもの。

「焔」を描いた頃、松園は、次のように語っています。

 私の若い頃の女の絵の修行には、随分辛い事がたくさんありました。
 世間の目も同僚の仕打ちも、思わず涙の出ることが何度となくありました。
 そんな時は、ただ今に思い知らせてやると、歯噛みして勉強勉強と
 自分で自分に鞭打つより外に道はありませぬでした。(「青眉抄その後」より)

女性である松園が、どんな想いで美人画を描き通したのか・・・
女性であるが故に、どんな感性で美人画を透徹できたのか・・・

苦労して育ててくれた母への想いを受けた女性像の象徴としての美人画は真善美を基調とする精粋な松園が、愛人としても生き、嫉妬に燃えた一途な心の内を撹拌させてなまめかしい艶やかな「妖艶な表情」を、ぞっとするほどの艶やかな「凄艶な表現」として描かせたのでしょう。

それが、男性が描くエロチックな美人画とは、まったく異なる女性ならではの描出であり、透徹であったのだと思います。

最後に、松園の作品群の中で、私が最も好きな絵は「待月 Waiting for Moonrise」です。
今か今かと月の出を待つ若妻の姿は、やや仰向けのアンニュイ(退屈した)な左横顔が色っぽい。

ほのぼのとする絵は、「夕暮」と「晩秋」です。
「夕暮」は、太陽が落ちかけた夕暮れ時に、外の薄光に照らして針に糸を通す女性の姿「晩秋」は、秋の早い日暮れ時に、破れた障子の穴を塞ぐためにハサミで花柄に切り取った紙を貼る女性の姿いずれも、どの家庭にもかつてはあった、昭和の時代を思い出す作品です。

当院には『ほたるいか・アート ギャラリー(HOTARUIKA・Art Gallery)』と称して「緑雨」「待月」など絵画数点が、展覧してあります。
(「鼓の音」は平成22年11月から展覧の予定)

また『ほたるいか・ブック ライブラリー(HOTARUIKA・Book Library)』と称して絵画集、美術集などの書物が、閲覧できます。

おまけに『ほたるいか・アーティクル コレクション(HOTARUIKA・Article Collection)』と称して素人作品の陶器、木目込み人形などの小物が、笑覧できます。

ご来院の皆様ちっぽけなギャラリーと少数のライブラリー、そして貧粗なコレクションですが診察前のお待ち頂く時間に、どうぞごゆっくりとお楽しみ下さい。

2010.10.17

67. 侮れない「気」の薬効

残暑が、例年以上に厳しい今年の夏でした。
9月下旬になっても、真夏のような暑さ。
こんな酷暑の夏に、外で働く人たちは、本当にお疲れさまです。

ビルの中で働いていると、外の気候の変化に気付きにくいのですがさすがに今年は、この直射日光を窓越しに当たると診察室も異様な気温上昇でした。

当院はビルの二階にあり、二階の壁面が全面ガラス張りとなっています。
その窓側が、診察室ですので、午後からは光量がさらに増すと室内の温度が上昇します。

診察室から外の様子を眺めると、ビルの隣りが、小さな川になっています。
その小川と交差する、あざみ野駅へと通じる生活道路には行き交う多くの人々の姿や車の流れが、見られます。

診察室の大きな窓から、青空と雲行き、街路樹の木々のなびき、路面の湿潤そして、人や車の流れを観察することで、外の空気を感じることができます。
それは、あたかも診察室で、風景画をボ-ッと眺めるような、一服の清涼剤でもある。

私は、ビルの中で多くの患者さんを日々診察しながらその合間に、大きな窓から外を眺め、刻々と流れる景色や事物をありのまま写し取る窓枠の風景画によって「外の気」を感じ、「内なる気」を和ましているのでした。

ところで・・・
当院のようなチッポケな診療所にも、多くの製薬会社の営業の方々が、日々お見えになります。
この夏は、こんな暑い中を仕事とはいえ、ご苦労さまと申し上げたい気持ちでした。

午前の診療が、終った昼休み頃、あるいは午後の診療が終了した頃にお見えになり、談笑をしながら、種々の情報を届けてくれます。
最新の薬の情報は、もちろん、既存の薬の副作用情報、学会の情報など多岐に渡ります。

営業の方々の情報の中で、薬の効能や効果、使い方、あるいは適応疾患はもっとも重要な内容です。最近は、ジェネリックと言われる値段の安い薬も出ています。
巷に溢れている多くの薬剤の効能効果と副作用、そして適応疾患などの情報の伝達。

製薬会社の営業の方々のそんな地道な影の努力によっても医療が、支えられていると考えると営業の方々の訪問は、大変有り難く、ぞんざいにする気にはなれません。

そんな薬の情報を踏まえながら、来院される患者さんには新しい薬を勉強し処方する前に、あるいは既存の薬を処方する前に私が、処方するとっても安くて大切な「クスリ」があるのです。

それは、一体どんな薬なのか? 新薬ですか? 特効薬ですか? 秘薬ですか?いったいなんなの? そのクスリとは・・・。
それは、紛れもない「気」というクスリなのでした。

なんだそりゃ・・・とお思いの方も多いことでしょう。
当院では、患者さんが、来院されると、まず看護師が、十分な問診を聴取します。
「いつ、どこに、どれくらいの時間、どの程度、どんな風に、症状が起こったのか」

次に、医師が、その問診を元に根掘り葉掘り、症状を確認します。
必要な場合は、さらに高性能な MRI を撮像することによって症状に起因する病変が、頭にあるのか、ないのかを確認します。

年齢を重ねることによって起こる脳の変化は、多少あったにしてもそれは加齢現象の範囲内であれば、頭には、大きな問題はない、と診断します。
加齢による許容できる範囲の所見はあっても、現時点では、異常はない。

「頭痛やめまい、あるいはしびれという症状 ≠ 脳に原因」をまず最初に高性能 MRI で証明できれば大変大きな安心の材料となります。

でも、 MRI で全ての病変や変化を捉えられるわけではない。
私たち専門家は、画像が主体ではなく、あくまで症状が主体であると常に念頭に入れて置かなければならないのは、言うまでもありません。

脳に器質的原因はないと説明したあと、約1ヵ月後に再来された患者さんを診てみると半数以上が、症状が改善か、あるいは消失しています。
念のために出した少量の頓服薬のみか、薬を処方しなくてもです。

私は、このクスリを密かに「気の処方」と呼んで最も重要視している処方箋なのでした。

気とは何か・・・
天地間を満たし、宇宙を構成する基本と考えられる動きのこと。

自らの力で、病を改善したり消失したりする「自浄の気」。
私たちは、自ら持っている「気」の薬効を侮らない方が、いいのではないでしょうか。

最後に、今日は、9月26日。
ロシアの生理学者、イワン・パヴロフは、今日が生誕日です。
氏は、犬の消化腺の条件反射を発見して、1904年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。

生命に潜む条件反射の発見は、人類にとって重大な意義を持つと賞賛されました。
侮れない「気の薬効」によって、私たちは、どのような条件に反射して心身の健康を維持するか、を愚考した9月26日でした。

2010.9.26

66. 長寿社会の「しあわせ」

日本人の平均寿命が、さらに延びたことが、厚生労働省の調べで分かりました。
女性は、86.44歳、男性は、79.59歳。平成21年の日本人の平均寿命が男女ともに4年連続で過去最高を更新したそうです。

その要因は、肺炎による死者が、少なかったという。
日本人の死因順位は、1.ガン 2.心臓病 3.脳卒中の順番で、4位が肺炎ですがその肺炎の寄与率によって、平均寿命が微増したのです。

健康な状態で、長生きできれば、日本人の平均寿命が延びるのは確かに「しあわせ」なこと。
そんなしあわせな状態が、もっと長く続いてほしいと、誰もが望む願望です。

そこで・・・
平均寿命という数字が、世代によってどう映るか、を考えてみました。

20歳台の若者が、平均寿命のこの数字を聞いてもまだまだ、遠い遠い他人事の話と思っています。
今が、我が世の春で、20歳台は「しあわせ」の上昇期です。

40歳台の中年が、この数字を聞くと、自分の年齢を引き算しておお~、もう折り返し点なのか、と少し寂しい気持ちになります。
でも、まだ半分あるよ、と安心もして、40歳台は「しあわせ」と寂しさの拮抗期です。

50歳を過ぎると、この数字は、徐々に耳に入らなくなります。
というよりも、自身の歳を考えると、平均寿命なんて、あまり考えたくもない。
でも、ふとした瞬間に、不安がよぎり始め、50歳台は「しあわせ」の減衰期です。

還暦を過ぎた当りからは、この数字は、ほとんど意味を持たなくなります。
何故なら、個々人によって、健康状態が、大きく異なるから。亡くなった同級生や知人友人の葬式へ頻繁にお誘いが掛かり、還暦過ぎは「しあわせ」の整理期です。

平均寿命以上に生きているご老人は、この数字は、虚数化します。
もうそこまでいくと、自分だけではどうしようもなく、ほとんど諦念されています。
諦めというよりは、道理を悟り、自分の人生を全うする長寿者は「しあわせ」の諦観期です。

歳を重ねるにつれて、あちこちの部品が、どこかしこで故障が出始める。
それでもなんとかメンテナンスしながら、部品を総取っ替えするわけにはいかず仕方ないなあ、と諦観期に向けて、自分の後始末をどうしようか、と諦念する。

世代によって、平均寿命の数字から受ける「しあわせ」観はかくの如く、変遷していくのでしょう。

「しあわせ」を漢字で書く時、“幸せ”と“仕合わせ”の二通りがあります。
最近は、「しあわせ」を“幸せ”と書く人が、多いように思いますが昔は、“仕合わせ”と書くことが、多かったようです。

いったい、何がどう、違うのでしょうか?
如何に使い分けたら、いいのでしょうか?

「しあわせ」という言葉の語源は動作を表す動詞の「し」と、二つの動作が交差する「合う」だとされています。
しあわせの概念が、そんな言葉から発生したことに、日本語の奥行に感心してしまいます。

幸せとは、英語で happiness と書きますが、喜びや満足のこと。
しあわせの基準は、世代で異なることは、上述の通りですがそれぞれの歳で、喜びや満足を得られていること、それが“幸せ”。

では、今はあまり書かなくなった“仕合わせ”とは、どういう意味でしょうか?

昔の日本人が、他人に仕え、そして、周囲に合わせることによって自身の喜びや満足を感じ、それが、しあわせの源流であると悟っていたとすればこれもまた日本人が、深遠な道理をついた叡智だと思います。

医師や看護師が、病人のお世話をすることを、英語では attend と言います。
診療したり、看護することが、他人の“幸せ”を導きその結果として自身も“幸せ”になるなら周りの人々を attend(お世話)することが、“仕合わせ”の源泉なのだと思います。

だから、私の「しあわせ」観は・・・
偶然のラッキーな“幸せ”より、必然のアテンドな“仕合わせ”が好き。
道理を悟り、自分の人生を全うする諦念の“仕合わせ”がよいと思う。

“幸せ”という言葉は、大好きな日本語ですが他人の“幸せ”と自分の“幸せ”が、重ね合わせることができる “仕合わせ”でありたいと思う。

ホスピタリティという言葉が、思いやりや、心からのもてなし、などの意味で以前から良く耳にします。その派生語が、ホスピタルであり、病を持つ人を保護し、癒し、回復へと導く場所を表す言葉。

相手を思いやり、手厚くもてなす歓待は特にホテルや旅館、飲食などのサービス産業で注目されています。
でもそれは、本来、病院が、持っていなければならない精神のはずでした。

病院を行き交う人が、ホテル以上に多いため現実的には、本末転倒となってしまっているホスピタリティ。
一流ホテル並とはいかないまでも、思いやりで接している医療人。

特に、私どものような零細クリニックは、不十分ながら奉仕や給仕などのサービスという視点よりリピーターになってしまいそうなホスピタリティで。

100歳以上の長寿者は、全国に2万人いるそうですがその中に、家族でさえも、生存や所在を確認できない高齢者が、相次いでいます。
どんな終末期を迎えられたか、あるいは、今迎えておられるか、と想像すると慄然とします。

私たちは、年齢に応じて変化する「しあわせ」観があっても、日常生活の中にこのホスピタリティの精神で、周囲に臨めば、長寿者への感謝が生まれ社会との絆が深まり、日々が“仕合わせ”な気持ちになるに違いない。

そんな思いを抱きながら長寿社会の「しあわせ」観を諦念した8月の上旬でした。

2010.8.8

65. 病気の本質を引き出す問診力

参議院選挙が、終わり、梅雨が明けると、猛暑が、襲って来ました。
湿った梅雨空が、多かった日々から、一転して酷暑を予感させ緑の木陰が、より一層有り難く感じる日々です。

澄み切った青空の下で、太陽が、こうこうと照り付ける日に通院されるご老人を診察室で拝見すると、7月と8月はこの暑さの中を通院される過酷さに、申し訳ない思いになります。

若者であっても、この酷暑の中を外出する時は、体力を消耗します。
少し動いただけでも疲れが、出やすいご老人では、尚更であり通院途上にこの日照りで、倒れてしまわないか、と心配になります。

しかも、このクリニックでは、診察前に1時間も待たされる。
あるいは、日によって、それ以上の待ち時間となってはそれだけでくたびれてしまうことでしょう。

 (実は、当院で待ち時間が少ない時間帯があるのです
  それは・・・診療開始の9時台に来院して頂くか
  あるいは、夕方5時過ぎに来院して頂くか、のどちらかです)

私は、そんな患者さんの苦痛を重々承知しつつ、申し訳ないと思いながら待合室にどんなに大勢の患者さんが、居ようとも、またその逆に待合室が、ガランとしていても、開院以来、一貫して個々の患者からの「背景」と「現症」の聴取を最重視して来ました。

「背景」とは、今までに過して来た生活を物語る既往歴と、血の繋がった方の家族歴であり「現症」とは、現在の症状が、生起した時から今までの推移のことです。
病気か否か、単なる加齢現象かを判断する時に、大切なことは、その「経緯」だと思います。

病気というものが、遺伝子レベルで規定された、避けられない要素と日々の生活習慣の積み重ねによる、改善可能な要素とが重層して、発症するからです。

人の話を聞く。病気の本質を引き出すこの問診力は私たち医療人が、教科書だけでは分からない年余に渡る経験によって培われる基礎と応用が試される能力。

「背景」を横糸と考えるならば、「現症」は縦糸と考える。
横糸と縦糸を十分聴取することで、経線と緯線がそれぞれ交差する経緯が、あぶり出され今、現在置かれている立脚点が、おおよそ分かります。

でも実は・・・
私にとって、これを聴取することは、大変な重労働です。
もっと効率よく診療を進めるためには、一体どうしたらよいのか私が、日々悶絶している問題であり、研究しなければならない課題です。

現在の医療では、血液の遺伝子を調べることで、ある病気に罹患する確率が何パーセントあるかを知ることが出来る時代になっています。
例えば、「あなたは、将来、脳梗塞に罹患する確率は・・・」という具合に。

遠い将来、全ての遺伝子解析が、終了して生まれた時点で「あなたは、将来、○○病に罹患する確率が、X%です」と言われた時に、私たちは、ああ、幸せな時代だなあ、と思うでしょうか。

確率的には、低くても、私なら不気味で仕方がありません。
私たちが、生きている間は、そのような口に出して言いたくない不言は受胎初期の段階で、胎児の生前診断以外には、封印されていた方がいいのかも。

何故なら・・・

生命を取り扱う医療というのはとびとびな値として離散的な数値として捉えるよりも極めてアナルグ的感覚だと思うから。

アナログとは、類似性や相似性を意味し、数や量を連続性として表示すること。
縦糸と横糸の連続するアナログ的交点を、問診力で引き出すことが外来診療の出発点だと思うから。

将来、医療が発展しても、迷妄する患者を相手にしてどうか、悪い宝くじが当たりませんようにと祈る祈祷ビジネスが、せいぜい流行っていないことを願いつつ・・・

診察室では、この酷暑の中、来院される患者さんの身を按じながらセンサーを鋭く研ぎ澄まして、一人一人を診療しています。

さ~て・・・
巷間では、西田敏行とオードリーが演じるサマージャンボ宝くじのコマーシャルが流れています。

宝くじの運命の女神さまが、微笑みながら今日、あなたの頭上に幸運が、訪れるかも、と幻想に誘われた人が行列の中で熱中症になりませんようにと、祈る二十四節気の大暑でした。

2010.7.23

64. 「思い」の美学

喜劇俳優の第一人者である藤山寛美さんが、亡くなってちょうど20年だそうです。

木々の緑も濃く、早くも初夏の頃合いとなった6月に新橋演舞場で開催されている『藤山寛美没後二十年 六月喜劇特別公演』を観る機会がありました。

新橋演舞場では、松竹新喜劇が、毎年夏の風物詩として、七夕劇団とも称され愛娘の藤山直美さんが、上方人情喜劇の魅力溢れる舞台を展開していました。

一話は、「女房のえくぼ」という運送会社の仕事場を設定にした現代劇二話は、藤山寛美二十快笑の中から「幸助餅」(西郷輝彦共演)の時代劇です。

一話のあらすじは、次の通りです。

 運送会社運営を下支えしている妻(藤山直美)を
 社長の夫が、テレビに出てくる吉永小百合と妻のえくぼを見比べて
 「お前の顔を見てたら飯がマズくなる」と罵ります。

 夫には、結婚前に本気で惚れた女性がおり
 不本意な結婚をした後も、妻の献身的な活躍に目もくれず
 恋敵と逃避行した彼女の事が、今だに忘れられないでいました。

 そんな夫に、愚痴をこぼすどころか、妻は
 「こんな不細工な女に、夫の方こそが、我慢している、自分は十分幸せものだ」と
 寂しさを隠して明るく働くのでした。

 そんな時に、恋敵の男が、この不況のあおりで失業し、運送会社に再就職して来ました。
 落ちぶれたその男から、かつて憧れていた女性の金使いの荒い本性を聞かされた社長は
 外見ばかりに気を取られて、妻の内面的な魅力に、やっと気が付かされた。

 「人知れず下支えした妻の愛情物語」の一話は、妻の涙で幕となります。

現代では、どこでもよくある話でも、藤山直美が、その不細工な妻を演じると独特の味わいがありました。

だって、直美さん・・・
ブスを演じるのは、失礼ながらお似合いで、年季が、はいっているんだモン。
でも、藤山寛美を彷彿とさせる仕草や言葉は、チャーミングでしたね。

二話の「幸助餅」という時代劇のあらすじは、次の通りです。

 大黒屋は、餅米問屋では、大阪一と言われるほどの老舗でしたが
 その主人、幸助(西郷輝彦)は、大の相撲タニマチで
 お気に入り力士に、金品を入れ込むあまり、財産を失ってしまいました。

 みすぼらしい姿で働く悲しみの幸助は、見違えるほど立派な大関になって
 大阪に戻って来たかつてのお気に入り力士と、偶然に道すがら出合いました。

 力士から「昇進できたのは、旦那さまのお陰」といわれた幸助は
 大黒屋再建のために借りた三十両を、以前の悪い癖で、気前よく力士に与えます。
 帰りを心配して、駆け付けた幸助の妻(藤山直美)は、力士に事情を説明して
 返してもらうように説得しますが、応じてもらえませんでした。

 タニマチとして、愛してきたつもりの力士の情の薄さと、己の馬鹿さ加減に
 初めて我が身の過ちを知るのでした。

 1年後、非情な仕打ちに、心機一転、一念発起して、幸助と妻の
 死に物狂いで商売に専心した甲斐あって、大黒屋の幸助餅は
 大阪の名物と言われるほどになりました。

 再建のための三十両を新たに借りることもでき、知らぬところから注文が入ったりもする。
 その背景には、非情と思っていた力士が、この1年間、ひたすら蔭から
 商売繁盛への後押しがあり、三十両の出所もその力士であったことを知らされます。

 「表には出さない情けの深さを知る人情物語」の二話は、夫の涙で幕となります。

この時代劇でも、藤山直美は、ダメな夫を支える妻として存在感のある西郷輝彦の脇役を、妖艶に演じていましたね。

一話と二話を通して思うことは・・・

日本のおばさんの伝統には、「思いを自己主張しない美しさ」があるということです。
草木が、たとえ朽ちゆく中でも、キラビやかな花と自然に溶け込むように溶解の美が、日本女性の美意識には、潜んでいるのだろうと思います。

思いは想いで、自己に秘め、その思いは自己主張しないで自ら輝くのではなく、間接照明のような、周りを照らすところに「おばさんの美しさ」があるのでしょう。

日本のおじさんの伝統には、「思いを自己昇華する美しさ」があるということです。
人は、煮え切らない気持ちで人を見ていると、えくぼもアバタに見えるものです。
気前よく高邁な振る舞いをすると、不相応なものであれば身を持ち崩してしまいます。

私たちは、新たな恨みや嫉妬、迷いや不安が次々と生まれては消え、消えては生まれて来るものです。

だからといって、そんな心の闇の中に埋没してそんなことばかりに、思いを馳せているほど、私たちは暇ではありません。
まずは、至近の債務を消化せよ、目前の細務を片付けよ、と。

思いは想いで、自己に秘め、その思いを昇華させて前に進むところに「おじさんの美しさ」があるのでしょう。

「思い」は、むやみに口に出さぬ方が、よいかもしれません。
思いは、心に深く秘めて、その内なるおもんぱかりの思慮をロシアの文豪トルストイが言ったように、低い声で語ったほうが良い。

なぜなら・・・
本当に言いたいことは、早くて高い声よりも、ゆっくり低い声の方がずしりと響いて語勢があるだろうから。

脳内に思いが詰まり過ぎると、頭でっかちとなって、バランスが悪く揺れた時の復元力が弱い。

これは、船の重心が、高い位置にある状態を指して、トップヘビーというように自分の言葉の重さで、高波を受けると転覆するのと同じである。

宇宙人と称される、かつての日本を代表する超有名人が自分が、発した言葉の重さで、立ち行かなくなって自滅したように。

私は、大好きな松竹新喜劇からおばさんとおじさんのそれぞれに「秘める思いの美学」を学んだ向暑の6月でした。

2010.6.13

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